2011年02月20日

劣等感について その3

2月19日は雨水、冷たい雨から春雨に変わる季節です。
水仙やスミレなど、早春の花が美しく大地を彩り始めました。

さて、「劣等感」について続きを書きました。


A(アリス):前回までは、劣等感が与える暗い面を見てきたけれど、今回は、明るい面を話しましょうか。劣等感が与える明るい面て、どんな面だと思う?


B(バロン):例えば、劣等感があったから、それを踏み台にして成功した、という話は聞くね。自分の顔にコンプレックスのある女性がメイクアップの方法を研究して、それを動画ブログに載せたら大人気になったとか。アパレルで働くスタイルに自信のない人が、どうすれば恰好よく見えるか研究して表現していたら、お洒落な人として注目されたとか。

A:成功の影には劣等感の克服があったりするわよね。

B:劣等感に向き合ったことがきっかけで才能が花開く例は聞くよね。それが、同じ劣等感を抱えて悩んでいる人達の助けになることも多いよ。と言うことは、劣等感も使いようによっては素晴らしいギフトになるのかな?

A:そうね、劣等感と向き合い受け入れたからこそ、闇が光へ反転するように何かが起きたのかもね。

これって前回までに話した劣等感の連鎖についても同じことが言えると思うの。

劣等感を抱えた人が、自分は他者から生ゴミを受け取っただけなんだと理解して、自分は人に押し付けるのはやめよう、自分の手で葬ろうと決めて手放すと、その人らしさが輝き始めたり、心に竹のようにしなやかな芯の強さが育ったり、
人の痛みのわかる心の深い人になるなど、その人が健やかさと自由さを取り戻すことで、負の連鎖に呑みこまれていた他の人にまで、いい影響をもたらすこともあるのよね。


B:なるほど、素晴らしい変化のエネルギー源にもなるんだね。
それに、原因探しが最も大事なのではなくて苦しみを手放すことが重要なんだ。結果として変化が起きるわけだね。


A:真の目的は、自分を自由にする為だから。原因の原因・・て探したらキリがないでしょう。誰それの影響を受けた、ということがわかれば、自分と似たような経験をした人が過去にたくさんいたことが想像できる。
それに、劣等感を押し付けた相手の感情や状況を理解しても、痛みを肩代わりできるものじゃないし・・。自分は苦しみを手放そうと決めるだけでいいのだと思う。


B:自分の変化は自分で責任が取れるけれど、人の変化は強制できないものね。

ところで、最初にあった質問者の友人のことだけど、友人としては具体的にどうすればいいと思う?


A:これまでに話したように、痛みを抱えた本人が、手放したいと望んだ時に助けるのがベストだと思う。本人が決めて、人に相談するなり自分に向き合うなりしないと、手放せない理由があるはずだから。

友人としてできることは、友人の素晴らしさを忘れないで、これまでと同じように付き合ったり、友人の人生を信頼することじゃないかな。

だって、心の準備もないのに劣等感が原因なんて言われたらショックじゃない?自分の劣った面を指摘、批判されたり、判断されていると感じる人もいるんじゃないかしら?


B:友人に判断されていると思うと、ちょっと辛いな。繊細に扱わないと、場合によっては友情が壊れてしまう・・。

A:日頃から、本心をしっかり言い合える信頼関係があるなら大丈夫かも知れないけれど・・。私なら、悩んでいたり相談した時に言ってもらうか、対等なさりげない感じだと聞く気持ちになるかな。

B:冷静な会話のなかで助言してもらえたら受け取りやすいかもね。まぁ、私だったら、劣等感を指摘された時は、後でその倍以上に私の素晴らしさも褒めて欲しいな!

A:了解、あなたに対して何か指摘したくなった時はそうするわ。私に指摘したくなった時も、ぜひ褒める優しさを忘れないでね。


あなたは、劣等感を感じた後に、どのように自分を受け入れていますか?
ぜひ、自分のいい面を想い出すことも忘れないでくださいね。

ご意見、ご感想などありましたら、どうぞヨロシクお願いします。
楽しみに待っています。
posted by アリス&バロン at 12:28| Comment(3) | TrackBack(0) | 感情/意識

2011年02月18日

劣等感について その2

さて、「劣等感」についての続きです。

A(アリス):劣等感を持つに至った経緯を見るのは大事だと思う。

案外、先生や上司、家族など自分から見てパワフルな人、影響力の強い人から刷り込まれている場合も多いし。
本人は、言われるまで何とも感じていなかったのに、言われてから気にするようになったとか、自分にマイナス点を付けるようになったきっかけがあるのよ。


B(バロン):だったら、その思い込みを解けばいいと思うのだけど。

A:それが・・意外に難しいのよね。
なぜかというと、本人が気にしないようにしても、相手は繰り返し言い続けたり、「あなたの為だから・・」という言葉で劣等感を刷り込もうとする時があるの。
つまり、劣っていると信じ込ませようとするのね。どうしてだと思う?


B:う〜ん・・、劣等感を持たせた方が都合がいい、とか?
・・もしかして、その人たちも同じような劣等感を持っているってこと?


A:そうなの、少なくとも、私の学んだことや実感としてはそうだった。

どうも、劣等感は、劣等感を持っている人から刷り込まれるようなの。
自分が劣等感を感じたくないから人に移してしまう、奇妙なエネルギーの移動というか負のスパイラルがあるようなの。

劣等感を感じたくない人は「自分はあの人より優れている」と思える「あの人」が必要なの。そうでないと劣等感から抜け出せないから。
だから、ある団体や系列を観察すると、連綿と劣等感という負の感情が続いていることもあるのよ。それも、より弱い立場の人へと流れていくの。


B:それは・・全然いいことじゃないね。どうすればピリオドを打てるのかな。
やはり、自覚した人、自分は劣等感を持っていて、それを人に押し付けていたんだと気付いた人から手放していくしかないよね。
だって、負の感情を押し付けて幸せなんて感じられないでしょう?


A:劣等感を与える側も、自分が劣等感を抱えたくないから無意識に押し付けてしまうのだけど・・。

だから、自分の持つ劣等感を自覚できる人は、本当は負の流れを変えたり終わらせることのできるきっかけになる人、そして心の強い人なんだと思う。

今、何らかの劣等感で苦しんでいる人がいるなら、あなたのせいじゃない、苦しむ必要はない、と伝えたいな。それでも苦しむかも知れないけれどね。


B:いったん、自分が悪いと思うと周りも変だなんて思いにくいものね。
ましてや、それが大切な相手や家族だったりすると・・。


A:相手や周りを大事にしている分、自分が悪い、劣っているからダメなんだ、と思い込んでしまうのよね。
本当は、自分の愛せない部分を持った人が、愛せない気持ちや認めたくない気持ちを人に押し付けただけなのに。


B:まさに負のスパイラル、おもしろくないな。
まるで、感情の生ゴミ処理を押し付けられているようなものだね。そんな関係性だったら思い切って離れた方がいいんじゃない?


A:できるなら距離を取った方がいいと思う、傷付けたい人は傷付ける相手がいなくなって初めて自覚することもあるから。
まぁ、とは言うものの、ほとんどの深い人間関係は愛憎こもごもで付き合っているわけで・・よく顔を合わせる家庭や職場だったりするから・・。


B:せめて、心の距離を取ることが必要だね。あとは、劣等感を与えない人と付き合うことも大切だと思う。少なくとも、自分が痛いからって相手に当たらない人を選ぶことだね。

A:時には、違う人間関係に身を置いたり環境を変えてみることも大切ね。
これまでは劣等感が人生に与える暗い面を話してきたけれど、次回は明るい面について話しましょうか。


次回へ続きます。


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2011年02月17日

劣等感について その1

学問の神さま、菅原道真公で有名な太宰府。
彼を追って京都から一晩で飛んできたという伝説の白梅「飛梅」が五分ほど咲きました。いよいよ春の訪れを感じます。
さて、「無価値感」のブログを読んで下さった方から、このような質問をいただきました。


『友人が劣等感から無価値感を感じているように見える時があって、どうしたら、その人の劣等感を拭えることができますか?』

劣等感は、多くの人が感じやすい感情のひとつだと思います。そこで、今回は劣等感について話してみたいと思います。

A(アリス):質問者の方はきっと優しい人ね。お友達のことが大好きなのね


B(バロン):そうだね、友人がステキな人だけに歯痒いのかもね。だけど、劣等感を感じているのは友人本人だから・・

A:そうね・・。抱えるに至った経験や痛みもあるし、本人が手放そうと決めない限り、どんなに近しい人でも相手を変えることは難しいかもね

B:劣等感を抱えていると自覚があるぶん、そこに触れて欲しくない時もあるだろうし・・

A:手放すタイミングは、本人にしか決められないしね

B:でも、気持ちもわかるなぁ。・・私も君に対して感じることあるから

A:ありがとう、気にかけてもらえて嬉しいわ。
確かに、私も劣等感のようなネガティブな感情を抱えてずいぶん悩んだこともあったわね。だけど、手放せない時って周りからどんなに助言を受けても本当にピンとこないの。頭の上で、言葉だけがグルグル回っている感じ。あなたは、そんな時なかった?


B:まぁ、お互い苦しんだよね。そんな時って、わかっちゃいるけど、動けない、という感じだよね

A:頭ではわかっても心の深い部分では納得できてないというか、変な言い方だけど劣等感が必要なのだと思う。性格の一部になっているような、未解決の問題とつながっていたりね。
簡単に手放せないのは、何か根の深い問題とつながっていることも多いと思う


B:劣等感て、表面的な問題じゃないこともあるんだろうね

次回へ続きます。

本 みなさんへの質問 ペン
なかなか手放せない劣等感はありますか?
その劣等感を感じるようになったきっかけは?
posted by アリス&バロン at 16:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 感情/意識

2011年02月15日

お金のスタディーグループ(お金に振り回されないための1st)

アリスです。

3連休が過ぎて、暖かさが戻ってきました。このまま、暖かくなってくれると嬉しいのですが・・。

さて、先週末に友人たちと一緒に、お金について学ぶスタディ・グループを開催しました。昨年の2月から始めたので、ようやく1年。ちょっぴり感慨深かったです。

今回のテーマは「お金に振り回されないための1st」
昨年に出版された「お金と人生の真実」(著者・本田健)からの流れで、具体的な質問や、普段、自分がお金にどんな気持ちを感じているか、如実にわかるようになっているテキスト内容でした。

例えば・・
お金は生きていくのに絶対に必要なもの?という質問や、お金を持っている人はえらいのか?お金を稼ぐことにやりがいを感じる?・・などなど。

初参加の方、昨年から参加して下さった方の交流も盛んで、みなさん「お金」について思い思いの発言をして下さいました。
メンバーの話を聞いたり、ご自分の話を真剣にして下さって、本当に有意義で楽しい時間でした。ありがとうございました!

日常で聞くお金にまつわる悲しいニュースや自分が経験したお金に対する喜びや怒り、苦悩など・・それぞれのシェアで、笑いあり、ほろ苦さありの穏やかだけれど深い時間になりました。

幸せなお金持ちって見ないよね、目立たないようにしないと危険なのかも・・。
自分がお金持ちになったらどんな態度を取るか、嫉妬されるのでは・・という妄想にふけったり・・。

お金には幸せに笑っているお金と怒っているお金がある・・自分のお財布のお金は果たしてどうだろう?という話や、家計簿を付けるのが楽しいからお金を使わないと楽しくないという人もいらっしゃいました。(この気持ち、ケータイのアプリで家計簿を付けるのが楽しい私も、少しわかるような気がします。)

ちなみに、笑っているお金のことをハッピーマネーと言うのですが、これは「幸せに使われたお金」のこと。
例えば、普段の買い物でも「こんなに高いの?!」と怒りながら払われるお金はアンハッピーマネー。「わぁ、嬉しい。これ欲しかったの」という気持ちで払われるのがハッピーマネーです。

一見、同じように使われたお金でも、そこに喜びがついてくるのか、怒りが含まれているのか、自分がもらう立場ならどちらがいいかなど考えてしまいました。
そして、ハッピーマネーがまわる世界ってどんな世界だろう、どんな価値観が浸透した世界だろうとイメージをしたりしました。

今回のスタディ・グループで私自身が気付いたのは、お金を使うことはワクワクするけれど、稼ぐことに負担感を感じているという自分の心情のこと。
使うのは、同じ「お金」なのに変ですよね。いったい、お金に何を見ているのか・・と自分の無意識を探るきっかけになりました。

参加して下さったみなさん
本当にステキな楽しい時間をありがとうございました。

次回は、3月27日(日)開催を予定しています。
テーマは「自分らしくお金と付き合う」

スタディ・グループのHPや私たちのメルマガにてご案内します。
ご興味のある方は、ぜひ一度足を運んでみて下さいね。
posted by アリス&バロン at 21:31| Comment(2) | TrackBack(0) | セミナー

2011年02月13日

今を生きる 時間とは・・その2

3連休、福岡は寒の戻りで気温が下がりました。
朝、目覚めるとうっすらと雪景色。ぴーんとした冷たい空気を感じながら散歩すると、梅の花がいちりん咲いていました。
やはり、春は一歩一歩着実に近付いているのですね。

さて、「今を生きる 時間について・・」の続きです。


B(バロン):「そこでね、もし、時間が未来から過去へと進んでいると考えるとどうなる?
現在は未来からやって来るものであり、今この瞬間こそリアルなものだとしたら、とても大切だと感じるんじゃないだろうか。
過去は通り過ぎたもので後悔しても仕方がないものとなり、捕われなくなるんじゃないだろうか」


A(アリス):「ちょっと待って。現在が最も大切な瞬間というのは私も同意見よ。だけど、過去に捕われても仕方がないというのは、納得できない。未来からくる時間は過去とは何にもつながりがないということ?」

B:「いや、時間としてはつながっている。
でも、過去の事象とは関係なく未来はやってくるんだ。
川の上流から水が流れてくるように現在という川に流れ込んでくる、そして一瞬で過ぎ去る。だから、下流に流れてしまったものを気にしている間にも水は流れ去るんだ」


A:「まぁ、確かに後悔している間にも時間は刻々と過ぎていくし、そうやって悩んでいる時間も過去に変わっていくわね」

B:「だからこそ、上流からやってくる未来はコントロールできないものであり、過去を参考に頑張っても意味のないものだということ。
時間をどう捉えるかによって思考のパラドックスが起きるんだよ。ピンとくる?」


A:「上流からやってくるものは、下流と同じ“時間”という同質のものではあっても、下流に流れ去った事象とは何ら関係ないということね」

B:「そう。そして、未来からやってくる現在は常に新鮮であり、今この瞬間がすべてだということ。
そう考えると、今という時がとても大切なものに感じられるし、今に集中しようと自然に思えるようにならない?」


A:「確かにそうね。新鮮な空気は今しか吸えないもの」

B:「そうだね、呼吸に例えてもわかりやすいかもね。過去の空気も未来の空気も、吸うことはできない。真空状態の宇宙空間に飛び出せば、すぐにわかることだね。
時間をどのように考えるかは自由だけれど、私は、今はこんな感じで考えているんだ。その前提が、時間は未来から流れてくる、ということ」


A:「なるほどね、考え方の違いで普段の生活の仕方も変わってくるのね。おもしろいなぁ、私も、その考え方を取り入れてみようかしら」


みなさんは、時間は過去から流れてくると思っていますか?それとも未来から流れてくると思っていますか?
あなたは、どちらが受け入れやすいですか?
また、どちらが、あなたにより自由な感覚や幸せをもたらすでしょうか?

何か感じたことや意見などありましたら、ぜひ聞かせて下さいね。



メール グループセッションのご案内 メール

前回の「無価値感について」の対談から、
ブログやメールにて感想をいただき、ありがとうございました。

おかげで、私たちもさらに「無価値感」について話し合い
考えるきっかけをいただきました。

そこで、質問したい、もっと詳しく知りたい・・という声をいただきましたので、
グループセッション(スカイプ/対面)を開催します。

自分以外の人と「無価値感」について話すことで、
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posted by アリス&バロン at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 感情/意識

2011年02月09日

今を生きる 時間とは・・その1

白梅のつぼみが、ほころび始めました。
さて、今回はアリス&バロンの今年のテーマである「今を生きる」について、1ヶ月を経過した後、気付いたことをシェアします。

このひと月で大きく変わったのは、時間に対する認識です。
時間の認識を変えることにより、こんなにも日常の感覚が変わるものかと正直驚いているほどです。


A(アリス):「時間に対する認識が変わったって・・具体的にはどういうこと?」

B(バロン):「たまたま読んでいた本の中に、仏教では時間は未来から過去に進んでいると考えられている、という文を読んだ時にハッとしたんだ。これまでも、時間は未来から流れているという話を読んだり聞いたことはあったのだけど・・。
今回は、普段の自分は、過去から未来に向かっていると考えていたなって、明瞭にわかったんだ」


A:「普段の意識は、過去から未来が当然と思っていたのね。でも、そんなこと本当はどちらかなんてわかるの?」

B:「わからない。だけど、未来から流れていると考えたら、おもしろい!と思ったんだ」

A:「例えば、どんなふうに?」

B:「私たちは、普段、過去から未来に向かって進んでいると考えるから、過去から積み重なったものを現在と認識して、さらに過去から推測して未来はこうだろうと予測するよね」

A:「そうね、過去の影響が現在にあり、現在の影響は未来へ及ぶと考えている。ドミノ倒しのように過去から永遠につながっている感じね」

B:「そうすると、過去や現在が不幸だと感じている場合には、未来予測も明るい未来を描くのは難しいんじゃない?そして、なんとかして未来を変えなければと頑張って、自分自身や外側の環境をコントロールしようとすると思うのだけど、どうかな?」

A:「それは当前でしょう。過去の轍を踏まないように、経験は苦い薬として役に立つものだもの」

B:「そこでね、もし、時間が未来から過去へと進んでいると考えるとどうなる?」

あなたは、時間についてどう考えていますか?
続きは次回へ
posted by アリス&バロン at 11:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 感情/意識

2011年02月03日

愛と怖れ その3

福岡は、ようやく最高気温が10度くらいなりました。なんと35日ぶりだとか!
節分は、旧暦の初春。春の光を受けて、庭の梅の木に小さな蕾を発見しました。

さて、引き続き「愛と怖れ」について、お楽しみくださいませ。

A(アリス):怖れを抱えた自我ではなく、愛で満たされた本当の自分に気付いた時は、どんな気持ちだったの?


B(バロン):そうだなぁ・・、最初はアレッ?て感じ。もしかして、いままで信じていた自分は、本当の自分ではないかもしれない・・・という感じから始まった。
暗闇で冷たい空間にいると信じていたら、晴れやかで暖かい青空の下だった、というような。

今でも、怖れを感じたり不安になったりすることはあるけれど、そこに捕われる時間が短くなった気がする。
おかげで、内面の葛藤がずいぶん減って楽になったよ。葛藤そのものにエネルギーを注がなくなったね。


A:怖れのメカニズムや自我の意図がわかれば、それに捕われにくくなるのね。

矛盾や葛藤は人間の常だけれど、そこに留まっても同じ輪のなかを廻りつ続けるだけで消耗してしまうもの。
自分に愛があるってどうしたら、わかるのかしら?


B:そうだね・・。愛がある、というよりは、怖れがない、という感覚がわかりやすいかもね。
怖れは愛よりも具体的で感じやすいと思うから。

A:例えばどんな感じ?

B:おそらく経験があると思うのだけど、ワクワクすることや大好きなことをしている最中、それらに集中している時。

これは、フローやゾーンと言われている状態で(通常の時間の感覚もなく、自分を忘れてしまっている状態)、怖れを感じていない状態なので、愛に近い状態だと思う。怖れを忘れているから。


A:何となくわかる。自分のしたいことを、ひたすらしている時ね。

自分自身を表現している時、クリエイティブになっている時。自分のすべきこと、やりたいことが明確だったり、ただひたすらにやっている、無我・忘我のような状態の時ね。
好きなことに没頭している時は、不安とか怖れよりも、それをやりたい気持ちの方が強いなぁ。やめたくないものね。


B:だから、好きなことをするってとても大事なのだと思う。その人が意識のある状態で本当の自分に近付き、自分らしさを輝かせるきっかけになると思うよ。

A:自分らしさを輝かせることは、愛を表現することなのね。

B:大いなる自己、愛の状態は、自分らしく生きている時と言えるかも知れないね。


本 ミニワーク ペン
あなたが、自分らしいと感じるのはどんな時ですか?誰のためでもなく、自然にやりたくなること・・、できてしまうこと。ぜひ、探してみて下さい。

「あなたにとって愛とは?」

ご意見、ご感想などよかったら聞かせて下さいね。
楽しみに待っています。


前回の「無価値感について」の対談から、
ブログやメールにて感想をいただき、ありがとうございました。

おかげで、私たちもさらに「無価値感」について話し合い
考察するきっかけをいただきました。

そこで、質問したい、もっと詳しく知りたい・・という声をいただきましたので、
グループセッション(スカイプ/対面)を開催したいと思います。

ご興味のある方は、どうぞご参加下さい。
みなさんと「無価値感」について考えたいと思います。

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「無価値感を考える」グループセッション開催

  2月25日または2月26日

詳細はこちら-->> グループセッション詳細
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まだまだ、寒さが続きそうです。体を温めて、冬を元気に過ごしましょう。
posted by アリス&バロン at 17:52| Comment(4) | TrackBack(0) | 感情/意識

2011年01月31日

愛と怖れ その2

さて、引き続き「愛と怖れ」についてです。

A:自我は怖れにもとづいている、ということだけど、それは、自分を守るために必要だからよね?


B:自我にとっては、過去から現在まで自己保全が最大の目的なんだ。自我は、怖れでいっぱいなんだと思う。

A:では、大いなる自己の目的はなに?

B:難しい質問だね。私が思うのは、自分や他人、そして存在する全てのものを愛すること。そして、つながっていくことじゃないかな・・・。ちょっとスピリチュアルな話だけど。

A:かなりスピリチュアルね。それで、怖れではなく愛を選択するにはどうすればいいのだと思う?

B:そこなんだよ!人は、自我、つまり怖れが強すぎると意識の面では愛を望んでも、無意識で怖れを選んでしまう。無意識のエネルギーは膨大でパワフルだからね。

ジャンポールスキー博士の本のタイトルにもなっているように、『愛とは怖れを手放すこと』だと感じているよ。
ただ、自分の怖れを手放せば愛が現れるという感じがしている。


A:自分の舵取りを決めるのに、舵取りそのものを手放す感じかしら?確か、世界銀行の元人事カウンセラーも『自分の内側に自分で愛をそそぎ満たせば、自然に愛は溢れ出る』と、言ってたなぁ。

B:Mr.childrenの「名もなき詩」の一節に「愛はきっと奪うでも与えるでもなく、気がつけばそこにあるもの・・・」とあるように、愛とはずっとそこにあるもので、ただ怖れを手放せば受け取れるもの、受け取ればいいものなのではないかな。

愛は、自分の外側にあって誰かから与えてもらうもの、どこか豊かなよそにあって探さなければ見つからないものだと思い込んでいた頃があったよ。だから、頑張って愛を探していた。だけど、自分が拒絶していただけなのだということに気がついたかな。ジャンポールスキー博士が言っているように、愛は実在で、怖れは幻想だと。


A:となりの芝生が碧く輝いて見えて羨ましかったけれど、自分の芝生も、よく見たら碧く美しかったような。

B:おもしろい表現だね。
自分の愛や豊かさに気付かなくて、一生懸命に遠くまで狩猟に出ていたという感じかな。忘れてしまっていたんだね。苦労して頑張って、ぼろぼろになっていたって感じ。

幸せや安らぎは自分の中にあったんだ!
青い鳥は、ずっと自分の中にいたんだよ。


A:メーテルリンクの「青い鳥」ね。


「愛と怖れ」について、次回へ続きます。
みなさんは、メーテルリンクの青い鳥の物語を憶えていますか?
posted by アリス&バロン at 11:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 感情/意識

2011年01月28日

愛と怖れ その1

暖かい日の光がさすものの、天気予報は雪マーク。今冬最後の寒気が訪れるそうです。
さて、今回のお題は「愛と怖れ」について。

最初に、みなさんに質問です。「あなたにとって愛とは?」

愛とは根源的なものでなかなか上手く表現できないもののように感じます。
「無価値感」の内容から、自我の働きをもう少し詳しく聞きたいという声をいただきました。
そこで、今回は、愛について自我の働きを通して「愛と怖れ」という対比で、2人で話してみました。

A(アリス):漢字は興味深いね。「怖れ」は心(りっしんべん)に布と書くのね。心に布がかぶった状態、隠された、見えないという意味かな。


B(バロン):漢字の成り立ちを調べてみるとおもしろそうだね。
ところで、前回までに話したのは、自我の役割は身の安全を守ること、現状維持を好み変化を怖れるので、新しいことや未知の世界にチャレンジする時には、自我の抵抗から怖れを感じるのが普通、というところまでだったよね。


A:たとえ、すでに役立たない考え方や習慣であっても、自我にとっては未知の不確かなものよりは安心ということね。

B:最近、あるクライエントとのセッションで、その人から「目が覚めると怖れを感じる」と聞いたのだけど、私も過去にそんな時期があったんだ。
怖れに囚われていたので、目が覚めたその瞬間から再び怖れを感じ始めたのだと思う。


A:自我とは、怖れに囚われた自己と考えたらいいのかしら?

B:おそらく、自我を本当の自分と思い込んでいるために怖れに囚われるのではないかな。

A:自我は本当の自分ではないということ?

B:そうだね。本当の自分はもっと大きな自己であり、自我はその一部という感じかな。

インドのマハルシなど覚者が、「私とは誰か?」「この質問はどこから来るのか?」という問いを自分の内面で静かに観察する時に、全てを観察している大きな自己がいると言っている。

私も、本当の自分は愛で満たされたもっと大きな存在であり、自我は、不安や心配、罪悪感・・・などの怖れをもった部分的な自分ではないかと思う。人って愛と怖れを同時に感じることはないよね。


A:う〜ん・・同時に感じているような気がする時もあるけれど。一瞬ごとに入れ替わっているのかな?だから悩んでいると疲れるのかしら。

B:同時に感じているようでも、「愛と怖れ」は相反するもの、同時には存在できないと思うよ。最大の音量と最小の音量のようにね。

私たちは、意識的であれ無意識的であれ、必ずどちらかを選択している。

自我からの選択は怖れが前提だから、不満だけれど現状維持、もしくは生き残るために自己中心的な行動が多くなる。一方、愛からの選択をすると変化が前提となるため、リスクはあるように見えるけど、関係性の変化や希望、違う未来が待っているんだ。


A:なるほどね。こうしよう、という方向に面舵が動くわけね。

B:もちろん、最初は内面の変化だから表面的にはわからないかも知れないけれど、最初の意図により進む方向が異なるということだね。

☆次回に続きます

本 ミニワーク ペン
日常または非日常で何かを選択する際に、葛藤することはありますか?
その判断の基準とは?
posted by アリス&バロン at 14:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 感情/意識

2011年01月21日

無価値感について その3

暖かい日差しの恋しい冬の風が吹いています。如何お過ごしですか?
さて、「無価値感」について、ブログ読者の方からご質問をいただきました。


Q:無価値感をなぜ感じるのかはわかるのですが、実際、無価値感に対してどのように対応したらいいのですか?

いい質問ですね!(池上 彰氏風に)
私たちが、無価値感という沼にハマり七転八倒?した経験からシェアさせていただくと・・


1.無価値感からくる悲しみや恐れなどの感情に抵抗せず、ただ感じ尽くす。
感じ尽くすことで、その感情から解放されて、けっこうスッキリするものです。

心の働きとして、抵抗すればするほどそこにハマってしまい、抜け出せなくなるものです。
無価値感を感じたら、「あぁ、自分は無価値感を感じて悲しいのだな」と、まず、自分の人間らしさを認めてあげましょう。感じ尽くすと、無価値感を感じることは、ごく当り前のことと受けとめられるかも知れません。

2.他人との競争という部分では、他人の成功を認め、喜ぶことが大切だと思います。
他人の成功を妬んだり嫉妬すると、その思いは潜在意識に入り込み、自分自身をも蝕んでいきます。他人の成功を喜ぶことは、自分の成功へとつながっていくものです。結局、与えたものを受け取るということです。

言葉は、その言葉を思う人、発する人に最も強く影響を与えます。
例えば、誰かに嫉妬するその想いは、自分の潜在意識へ「自分も嫉妬される」のでは、という想いを刷り込んでしまうのです。
もちろん逆も真なり。他人の素晴らしさを認めると、自分の素晴らしさも受け取れるようになります。
潜在意識は、自分と他人の区別がないため、他人への想いや行動を自分自身にも適用するようです。まさに与えたものを受け取るようです。

3.自分自身の理想と現実とのギャップで感じる無価値感は、理想を持つ人間である限り、おそらく無くならないでしょう。
例えば、高い山へ登るのに頂上に着くまでの間、文句を言ったり、まだ、あんなに残っていると欠乏感を感じるより、これまで登ってきた道のりを振り返り自分を褒めたり、途中の景色を楽しむというように、途中経過・プロセスを楽しむという感性が大事だと思います。

理想や希望を持つのは素晴らしいことだと思います。理想や希望があるから、私たちは未来を夢見てクリエイティブに生きることができるのではないでしょうか。それらと現実のギャップに心がつぶされ絶望しては意味がありません。

無価値感を感じるのは、自分の現在地を客観視する視点を持っていたり、自分の目指すものがあるからこそ感じてしまう、言わば成長期の痛みだと思います。
自分を追い詰めずに、ここまで迷いながらも試行錯誤して決めたこと、実際に実行したことなど、現実的なプロセスも認め、楽しみながら進んでいきましょう。



ま、自分もできていないな〜と感じながら書いていますが・・・
これも、プ・ロ・セ・ス わーい(嬉しい顔)

無価値感は、劣等感や嫉妬、競争意識と深く結びついているので、こうすればOKという答えはないのかも知れませんが、自分の目指すところや大好きなことをひたむきに楽しみ追いかけていれば、自然に抜け出せることもあると思います。

無価値感を感じてもいい。

そして、充分落ち込んだあと、一歩前へ歩いて行けばいいのだと思います。
posted by アリス&バロン at 22:58| Comment(4) | TrackBack(0) | 感情/意識