2012年05月25日

自己尊重 (セルフ・エスティーム)

初夏の日差しがキラキラと眩しくなり始めました。

『自己尊重(セルフ・エスティーム)』という言葉を聞いたことはありますか?
私たちが学んだコーチングでは、とても大切にされている考え方の一つです。日常ではあまり馴染みのない言葉ですが、自分を愛し育てるコーチングには欠かせないものなので、今回は、セルフエスティームについて少しシェアをさせていただきます。

B(バロン):人間関係で苦しくなる時ってどんな時がある?

A(アリス):いろいろあるけれど・・。例えば、お互いの要求や望みが違う時に、自分より相手を大切にしようとして、相手の意見や望みに合わせてしまう時とか・・。

B:どうして苦しくなると思う?

A:自分の本当の感情を無視してまうことで感情がたまるし、自分を大切にしなかったことで悲しくなってしまうから、かな?

B:いい人を演じると苦しくなるってことだね。そういう時って、どうしたら自分を偽っていると気付けるんだろう?

A:身体の感覚かなぁ・・、誰かと一緒にいて何となく窮屈な感じや心地悪さを感じた時。そういう時って、後で思い返すと自分の感情を抑えたり無視していたりするかな。
相手の要求は聞くけれど自分の要求は殆ど話していないとか、相手が不愉快そうな顔をした時に、つい自分の気持ちを隠して相手の機嫌を取ってしまうとか。

何だか話していて胸が痛い・・。とても身に憶えがあるから。

B:はは・・、ぼくも同じ経験があるよ。後で、自分を大切にしていなかったと後悔するよね。
自分を尊重することは、結局相手を尊重することにもつながるよね。だから、自己尊重の意識の高い人と出会うことも大事なんじゃないかな。そのような人って、自分を本当に大切にしているから、相手も同じように大切にしているよね。

A:確かにそうね。私も、そういう人に出会ってから自分に対する扱いを見直せたから。

B:人間関係が苦しくなった時は、自分の感情を無視して、いい人になっていないか意識してみるのもいいかも知れないね。


あなたは、自分の気持ちをどのように大切に扱っていますか?
それでは、よい週末をお過ごしくださいね!


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posted by アリス&バロン at 08:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 感情/意識

2011年02月20日

劣等感について その3

2月19日は雨水、冷たい雨から春雨に変わる季節です。
水仙やスミレなど、早春の花が美しく大地を彩り始めました。

さて、「劣等感」について続きを書きました。


A(アリス):前回までは、劣等感が与える暗い面を見てきたけれど、今回は、明るい面を話しましょうか。劣等感が与える明るい面て、どんな面だと思う?


B(バロン):例えば、劣等感があったから、それを踏み台にして成功した、という話は聞くね。自分の顔にコンプレックスのある女性がメイクアップの方法を研究して、それを動画ブログに載せたら大人気になったとか。アパレルで働くスタイルに自信のない人が、どうすれば恰好よく見えるか研究して表現していたら、お洒落な人として注目されたとか。

A:成功の影には劣等感の克服があったりするわよね。

B:劣等感に向き合ったことがきっかけで才能が花開く例は聞くよね。それが、同じ劣等感を抱えて悩んでいる人達の助けになることも多いよ。と言うことは、劣等感も使いようによっては素晴らしいギフトになるのかな?

A:そうね、劣等感と向き合い受け入れたからこそ、闇が光へ反転するように何かが起きたのかもね。

これって前回までに話した劣等感の連鎖についても同じことが言えると思うの。

劣等感を抱えた人が、自分は他者から生ゴミを受け取っただけなんだと理解して、自分は人に押し付けるのはやめよう、自分の手で葬ろうと決めて手放すと、その人らしさが輝き始めたり、心に竹のようにしなやかな芯の強さが育ったり、
人の痛みのわかる心の深い人になるなど、その人が健やかさと自由さを取り戻すことで、負の連鎖に呑みこまれていた他の人にまで、いい影響をもたらすこともあるのよね。


B:なるほど、素晴らしい変化のエネルギー源にもなるんだね。
それに、原因探しが最も大事なのではなくて苦しみを手放すことが重要なんだ。結果として変化が起きるわけだね。


A:真の目的は、自分を自由にする為だから。原因の原因・・て探したらキリがないでしょう。誰それの影響を受けた、ということがわかれば、自分と似たような経験をした人が過去にたくさんいたことが想像できる。
それに、劣等感を押し付けた相手の感情や状況を理解しても、痛みを肩代わりできるものじゃないし・・。自分は苦しみを手放そうと決めるだけでいいのだと思う。


B:自分の変化は自分で責任が取れるけれど、人の変化は強制できないものね。

ところで、最初にあった質問者の友人のことだけど、友人としては具体的にどうすればいいと思う?


A:これまでに話したように、痛みを抱えた本人が、手放したいと望んだ時に助けるのがベストだと思う。本人が決めて、人に相談するなり自分に向き合うなりしないと、手放せない理由があるはずだから。

友人としてできることは、友人の素晴らしさを忘れないで、これまでと同じように付き合ったり、友人の人生を信頼することじゃないかな。

だって、心の準備もないのに劣等感が原因なんて言われたらショックじゃない?自分の劣った面を指摘、批判されたり、判断されていると感じる人もいるんじゃないかしら?


B:友人に判断されていると思うと、ちょっと辛いな。繊細に扱わないと、場合によっては友情が壊れてしまう・・。

A:日頃から、本心をしっかり言い合える信頼関係があるなら大丈夫かも知れないけれど・・。私なら、悩んでいたり相談した時に言ってもらうか、対等なさりげない感じだと聞く気持ちになるかな。

B:冷静な会話のなかで助言してもらえたら受け取りやすいかもね。まぁ、私だったら、劣等感を指摘された時は、後でその倍以上に私の素晴らしさも褒めて欲しいな!

A:了解、あなたに対して何か指摘したくなった時はそうするわ。私に指摘したくなった時も、ぜひ褒める優しさを忘れないでね。


あなたは、劣等感を感じた後に、どのように自分を受け入れていますか?
ぜひ、自分のいい面を想い出すことも忘れないでくださいね。

ご意見、ご感想などありましたら、どうぞヨロシクお願いします。
楽しみに待っています。
posted by アリス&バロン at 12:28| Comment(3) | TrackBack(0) | 感情/意識

2011年02月18日

劣等感について その2

さて、「劣等感」についての続きです。

A(アリス):劣等感を持つに至った経緯を見るのは大事だと思う。

案外、先生や上司、家族など自分から見てパワフルな人、影響力の強い人から刷り込まれている場合も多いし。
本人は、言われるまで何とも感じていなかったのに、言われてから気にするようになったとか、自分にマイナス点を付けるようになったきっかけがあるのよ。


B(バロン):だったら、その思い込みを解けばいいと思うのだけど。

A:それが・・意外に難しいのよね。
なぜかというと、本人が気にしないようにしても、相手は繰り返し言い続けたり、「あなたの為だから・・」という言葉で劣等感を刷り込もうとする時があるの。
つまり、劣っていると信じ込ませようとするのね。どうしてだと思う?


B:う〜ん・・、劣等感を持たせた方が都合がいい、とか?
・・もしかして、その人たちも同じような劣等感を持っているってこと?


A:そうなの、少なくとも、私の学んだことや実感としてはそうだった。

どうも、劣等感は、劣等感を持っている人から刷り込まれるようなの。
自分が劣等感を感じたくないから人に移してしまう、奇妙なエネルギーの移動というか負のスパイラルがあるようなの。

劣等感を感じたくない人は「自分はあの人より優れている」と思える「あの人」が必要なの。そうでないと劣等感から抜け出せないから。
だから、ある団体や系列を観察すると、連綿と劣等感という負の感情が続いていることもあるのよ。それも、より弱い立場の人へと流れていくの。


B:それは・・全然いいことじゃないね。どうすればピリオドを打てるのかな。
やはり、自覚した人、自分は劣等感を持っていて、それを人に押し付けていたんだと気付いた人から手放していくしかないよね。
だって、負の感情を押し付けて幸せなんて感じられないでしょう?


A:劣等感を与える側も、自分が劣等感を抱えたくないから無意識に押し付けてしまうのだけど・・。

だから、自分の持つ劣等感を自覚できる人は、本当は負の流れを変えたり終わらせることのできるきっかけになる人、そして心の強い人なんだと思う。

今、何らかの劣等感で苦しんでいる人がいるなら、あなたのせいじゃない、苦しむ必要はない、と伝えたいな。それでも苦しむかも知れないけれどね。


B:いったん、自分が悪いと思うと周りも変だなんて思いにくいものね。
ましてや、それが大切な相手や家族だったりすると・・。


A:相手や周りを大事にしている分、自分が悪い、劣っているからダメなんだ、と思い込んでしまうのよね。
本当は、自分の愛せない部分を持った人が、愛せない気持ちや認めたくない気持ちを人に押し付けただけなのに。


B:まさに負のスパイラル、おもしろくないな。
まるで、感情の生ゴミ処理を押し付けられているようなものだね。そんな関係性だったら思い切って離れた方がいいんじゃない?


A:できるなら距離を取った方がいいと思う、傷付けたい人は傷付ける相手がいなくなって初めて自覚することもあるから。
まぁ、とは言うものの、ほとんどの深い人間関係は愛憎こもごもで付き合っているわけで・・よく顔を合わせる家庭や職場だったりするから・・。


B:せめて、心の距離を取ることが必要だね。あとは、劣等感を与えない人と付き合うことも大切だと思う。少なくとも、自分が痛いからって相手に当たらない人を選ぶことだね。

A:時には、違う人間関係に身を置いたり環境を変えてみることも大切ね。
これまでは劣等感が人生に与える暗い面を話してきたけれど、次回は明るい面について話しましょうか。


次回へ続きます。


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2011年02月17日

劣等感について その1

学問の神さま、菅原道真公で有名な太宰府。
彼を追って京都から一晩で飛んできたという伝説の白梅「飛梅」が五分ほど咲きました。いよいよ春の訪れを感じます。
さて、「無価値感」のブログを読んで下さった方から、このような質問をいただきました。


『友人が劣等感から無価値感を感じているように見える時があって、どうしたら、その人の劣等感を拭えることができますか?』

劣等感は、多くの人が感じやすい感情のひとつだと思います。そこで、今回は劣等感について話してみたいと思います。

A(アリス):質問者の方はきっと優しい人ね。お友達のことが大好きなのね


B(バロン):そうだね、友人がステキな人だけに歯痒いのかもね。だけど、劣等感を感じているのは友人本人だから・・

A:そうね・・。抱えるに至った経験や痛みもあるし、本人が手放そうと決めない限り、どんなに近しい人でも相手を変えることは難しいかもね

B:劣等感を抱えていると自覚があるぶん、そこに触れて欲しくない時もあるだろうし・・

A:手放すタイミングは、本人にしか決められないしね

B:でも、気持ちもわかるなぁ。・・私も君に対して感じることあるから

A:ありがとう、気にかけてもらえて嬉しいわ。
確かに、私も劣等感のようなネガティブな感情を抱えてずいぶん悩んだこともあったわね。だけど、手放せない時って周りからどんなに助言を受けても本当にピンとこないの。頭の上で、言葉だけがグルグル回っている感じ。あなたは、そんな時なかった?


B:まぁ、お互い苦しんだよね。そんな時って、わかっちゃいるけど、動けない、という感じだよね

A:頭ではわかっても心の深い部分では納得できてないというか、変な言い方だけど劣等感が必要なのだと思う。性格の一部になっているような、未解決の問題とつながっていたりね。
簡単に手放せないのは、何か根の深い問題とつながっていることも多いと思う


B:劣等感て、表面的な問題じゃないこともあるんだろうね

次回へ続きます。

本 みなさんへの質問 ペン
なかなか手放せない劣等感はありますか?
その劣等感を感じるようになったきっかけは?
posted by アリス&バロン at 16:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 感情/意識

2011年02月13日

今を生きる 時間とは・・その2

3連休、福岡は寒の戻りで気温が下がりました。
朝、目覚めるとうっすらと雪景色。ぴーんとした冷たい空気を感じながら散歩すると、梅の花がいちりん咲いていました。
やはり、春は一歩一歩着実に近付いているのですね。

さて、「今を生きる 時間について・・」の続きです。


B(バロン):「そこでね、もし、時間が未来から過去へと進んでいると考えるとどうなる?
現在は未来からやって来るものであり、今この瞬間こそリアルなものだとしたら、とても大切だと感じるんじゃないだろうか。
過去は通り過ぎたもので後悔しても仕方がないものとなり、捕われなくなるんじゃないだろうか」


A(アリス):「ちょっと待って。現在が最も大切な瞬間というのは私も同意見よ。だけど、過去に捕われても仕方がないというのは、納得できない。未来からくる時間は過去とは何にもつながりがないということ?」

B:「いや、時間としてはつながっている。
でも、過去の事象とは関係なく未来はやってくるんだ。
川の上流から水が流れてくるように現在という川に流れ込んでくる、そして一瞬で過ぎ去る。だから、下流に流れてしまったものを気にしている間にも水は流れ去るんだ」


A:「まぁ、確かに後悔している間にも時間は刻々と過ぎていくし、そうやって悩んでいる時間も過去に変わっていくわね」

B:「だからこそ、上流からやってくる未来はコントロールできないものであり、過去を参考に頑張っても意味のないものだということ。
時間をどう捉えるかによって思考のパラドックスが起きるんだよ。ピンとくる?」


A:「上流からやってくるものは、下流と同じ“時間”という同質のものではあっても、下流に流れ去った事象とは何ら関係ないということね」

B:「そう。そして、未来からやってくる現在は常に新鮮であり、今この瞬間がすべてだということ。
そう考えると、今という時がとても大切なものに感じられるし、今に集中しようと自然に思えるようにならない?」


A:「確かにそうね。新鮮な空気は今しか吸えないもの」

B:「そうだね、呼吸に例えてもわかりやすいかもね。過去の空気も未来の空気も、吸うことはできない。真空状態の宇宙空間に飛び出せば、すぐにわかることだね。
時間をどのように考えるかは自由だけれど、私は、今はこんな感じで考えているんだ。その前提が、時間は未来から流れてくる、ということ」


A:「なるほどね、考え方の違いで普段の生活の仕方も変わってくるのね。おもしろいなぁ、私も、その考え方を取り入れてみようかしら」


みなさんは、時間は過去から流れてくると思っていますか?それとも未来から流れてくると思っていますか?
あなたは、どちらが受け入れやすいですか?
また、どちらが、あなたにより自由な感覚や幸せをもたらすでしょうか?

何か感じたことや意見などありましたら、ぜひ聞かせて下さいね。



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前回の「無価値感について」の対談から、
ブログやメールにて感想をいただき、ありがとうございました。

おかげで、私たちもさらに「無価値感」について話し合い
考えるきっかけをいただきました。

そこで、質問したい、もっと詳しく知りたい・・という声をいただきましたので、
グループセッション(スカイプ/対面)を開催します。

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2011年02月09日

今を生きる 時間とは・・その1

白梅のつぼみが、ほころび始めました。
さて、今回はアリス&バロンの今年のテーマである「今を生きる」について、1ヶ月を経過した後、気付いたことをシェアします。

このひと月で大きく変わったのは、時間に対する認識です。
時間の認識を変えることにより、こんなにも日常の感覚が変わるものかと正直驚いているほどです。


A(アリス):「時間に対する認識が変わったって・・具体的にはどういうこと?」

B(バロン):「たまたま読んでいた本の中に、仏教では時間は未来から過去に進んでいると考えられている、という文を読んだ時にハッとしたんだ。これまでも、時間は未来から流れているという話を読んだり聞いたことはあったのだけど・・。
今回は、普段の自分は、過去から未来に向かっていると考えていたなって、明瞭にわかったんだ」


A:「普段の意識は、過去から未来が当然と思っていたのね。でも、そんなこと本当はどちらかなんてわかるの?」

B:「わからない。だけど、未来から流れていると考えたら、おもしろい!と思ったんだ」

A:「例えば、どんなふうに?」

B:「私たちは、普段、過去から未来に向かって進んでいると考えるから、過去から積み重なったものを現在と認識して、さらに過去から推測して未来はこうだろうと予測するよね」

A:「そうね、過去の影響が現在にあり、現在の影響は未来へ及ぶと考えている。ドミノ倒しのように過去から永遠につながっている感じね」

B:「そうすると、過去や現在が不幸だと感じている場合には、未来予測も明るい未来を描くのは難しいんじゃない?そして、なんとかして未来を変えなければと頑張って、自分自身や外側の環境をコントロールしようとすると思うのだけど、どうかな?」

A:「それは当前でしょう。過去の轍を踏まないように、経験は苦い薬として役に立つものだもの」

B:「そこでね、もし、時間が未来から過去へと進んでいると考えるとどうなる?」

あなたは、時間についてどう考えていますか?
続きは次回へ
posted by アリス&バロン at 11:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 感情/意識

2011年02月03日

愛と怖れ その3

福岡は、ようやく最高気温が10度くらいなりました。なんと35日ぶりだとか!
節分は、旧暦の初春。春の光を受けて、庭の梅の木に小さな蕾を発見しました。

さて、引き続き「愛と怖れ」について、お楽しみくださいませ。

A(アリス):怖れを抱えた自我ではなく、愛で満たされた本当の自分に気付いた時は、どんな気持ちだったの?


B(バロン):そうだなぁ・・、最初はアレッ?て感じ。もしかして、いままで信じていた自分は、本当の自分ではないかもしれない・・・という感じから始まった。
暗闇で冷たい空間にいると信じていたら、晴れやかで暖かい青空の下だった、というような。

今でも、怖れを感じたり不安になったりすることはあるけれど、そこに捕われる時間が短くなった気がする。
おかげで、内面の葛藤がずいぶん減って楽になったよ。葛藤そのものにエネルギーを注がなくなったね。


A:怖れのメカニズムや自我の意図がわかれば、それに捕われにくくなるのね。

矛盾や葛藤は人間の常だけれど、そこに留まっても同じ輪のなかを廻りつ続けるだけで消耗してしまうもの。
自分に愛があるってどうしたら、わかるのかしら?


B:そうだね・・。愛がある、というよりは、怖れがない、という感覚がわかりやすいかもね。
怖れは愛よりも具体的で感じやすいと思うから。

A:例えばどんな感じ?

B:おそらく経験があると思うのだけど、ワクワクすることや大好きなことをしている最中、それらに集中している時。

これは、フローやゾーンと言われている状態で(通常の時間の感覚もなく、自分を忘れてしまっている状態)、怖れを感じていない状態なので、愛に近い状態だと思う。怖れを忘れているから。


A:何となくわかる。自分のしたいことを、ひたすらしている時ね。

自分自身を表現している時、クリエイティブになっている時。自分のすべきこと、やりたいことが明確だったり、ただひたすらにやっている、無我・忘我のような状態の時ね。
好きなことに没頭している時は、不安とか怖れよりも、それをやりたい気持ちの方が強いなぁ。やめたくないものね。


B:だから、好きなことをするってとても大事なのだと思う。その人が意識のある状態で本当の自分に近付き、自分らしさを輝かせるきっかけになると思うよ。

A:自分らしさを輝かせることは、愛を表現することなのね。

B:大いなる自己、愛の状態は、自分らしく生きている時と言えるかも知れないね。


本 ミニワーク ペン
あなたが、自分らしいと感じるのはどんな時ですか?誰のためでもなく、自然にやりたくなること・・、できてしまうこと。ぜひ、探してみて下さい。

「あなたにとって愛とは?」

ご意見、ご感想などよかったら聞かせて下さいね。
楽しみに待っています。


前回の「無価値感について」の対談から、
ブログやメールにて感想をいただき、ありがとうございました。

おかげで、私たちもさらに「無価値感」について話し合い
考察するきっかけをいただきました。

そこで、質問したい、もっと詳しく知りたい・・という声をいただきましたので、
グループセッション(スカイプ/対面)を開催したいと思います。

ご興味のある方は、どうぞご参加下さい。
みなさんと「無価値感」について考えたいと思います。

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まだまだ、寒さが続きそうです。体を温めて、冬を元気に過ごしましょう。
posted by アリス&バロン at 17:52| Comment(4) | TrackBack(0) | 感情/意識

2011年01月31日

愛と怖れ その2

さて、引き続き「愛と怖れ」についてです。

A:自我は怖れにもとづいている、ということだけど、それは、自分を守るために必要だからよね?


B:自我にとっては、過去から現在まで自己保全が最大の目的なんだ。自我は、怖れでいっぱいなんだと思う。

A:では、大いなる自己の目的はなに?

B:難しい質問だね。私が思うのは、自分や他人、そして存在する全てのものを愛すること。そして、つながっていくことじゃないかな・・・。ちょっとスピリチュアルな話だけど。

A:かなりスピリチュアルね。それで、怖れではなく愛を選択するにはどうすればいいのだと思う?

B:そこなんだよ!人は、自我、つまり怖れが強すぎると意識の面では愛を望んでも、無意識で怖れを選んでしまう。無意識のエネルギーは膨大でパワフルだからね。

ジャンポールスキー博士の本のタイトルにもなっているように、『愛とは怖れを手放すこと』だと感じているよ。
ただ、自分の怖れを手放せば愛が現れるという感じがしている。


A:自分の舵取りを決めるのに、舵取りそのものを手放す感じかしら?確か、世界銀行の元人事カウンセラーも『自分の内側に自分で愛をそそぎ満たせば、自然に愛は溢れ出る』と、言ってたなぁ。

B:Mr.childrenの「名もなき詩」の一節に「愛はきっと奪うでも与えるでもなく、気がつけばそこにあるもの・・・」とあるように、愛とはずっとそこにあるもので、ただ怖れを手放せば受け取れるもの、受け取ればいいものなのではないかな。

愛は、自分の外側にあって誰かから与えてもらうもの、どこか豊かなよそにあって探さなければ見つからないものだと思い込んでいた頃があったよ。だから、頑張って愛を探していた。だけど、自分が拒絶していただけなのだということに気がついたかな。ジャンポールスキー博士が言っているように、愛は実在で、怖れは幻想だと。


A:となりの芝生が碧く輝いて見えて羨ましかったけれど、自分の芝生も、よく見たら碧く美しかったような。

B:おもしろい表現だね。
自分の愛や豊かさに気付かなくて、一生懸命に遠くまで狩猟に出ていたという感じかな。忘れてしまっていたんだね。苦労して頑張って、ぼろぼろになっていたって感じ。

幸せや安らぎは自分の中にあったんだ!
青い鳥は、ずっと自分の中にいたんだよ。


A:メーテルリンクの「青い鳥」ね。


「愛と怖れ」について、次回へ続きます。
みなさんは、メーテルリンクの青い鳥の物語を憶えていますか?
posted by アリス&バロン at 11:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 感情/意識

2011年01月28日

愛と怖れ その1

暖かい日の光がさすものの、天気予報は雪マーク。今冬最後の寒気が訪れるそうです。
さて、今回のお題は「愛と怖れ」について。

最初に、みなさんに質問です。「あなたにとって愛とは?」

愛とは根源的なものでなかなか上手く表現できないもののように感じます。
「無価値感」の内容から、自我の働きをもう少し詳しく聞きたいという声をいただきました。
そこで、今回は、愛について自我の働きを通して「愛と怖れ」という対比で、2人で話してみました。

A(アリス):漢字は興味深いね。「怖れ」は心(りっしんべん)に布と書くのね。心に布がかぶった状態、隠された、見えないという意味かな。


B(バロン):漢字の成り立ちを調べてみるとおもしろそうだね。
ところで、前回までに話したのは、自我の役割は身の安全を守ること、現状維持を好み変化を怖れるので、新しいことや未知の世界にチャレンジする時には、自我の抵抗から怖れを感じるのが普通、というところまでだったよね。


A:たとえ、すでに役立たない考え方や習慣であっても、自我にとっては未知の不確かなものよりは安心ということね。

B:最近、あるクライエントとのセッションで、その人から「目が覚めると怖れを感じる」と聞いたのだけど、私も過去にそんな時期があったんだ。
怖れに囚われていたので、目が覚めたその瞬間から再び怖れを感じ始めたのだと思う。


A:自我とは、怖れに囚われた自己と考えたらいいのかしら?

B:おそらく、自我を本当の自分と思い込んでいるために怖れに囚われるのではないかな。

A:自我は本当の自分ではないということ?

B:そうだね。本当の自分はもっと大きな自己であり、自我はその一部という感じかな。

インドのマハルシなど覚者が、「私とは誰か?」「この質問はどこから来るのか?」という問いを自分の内面で静かに観察する時に、全てを観察している大きな自己がいると言っている。

私も、本当の自分は愛で満たされたもっと大きな存在であり、自我は、不安や心配、罪悪感・・・などの怖れをもった部分的な自分ではないかと思う。人って愛と怖れを同時に感じることはないよね。


A:う〜ん・・同時に感じているような気がする時もあるけれど。一瞬ごとに入れ替わっているのかな?だから悩んでいると疲れるのかしら。

B:同時に感じているようでも、「愛と怖れ」は相反するもの、同時には存在できないと思うよ。最大の音量と最小の音量のようにね。

私たちは、意識的であれ無意識的であれ、必ずどちらかを選択している。

自我からの選択は怖れが前提だから、不満だけれど現状維持、もしくは生き残るために自己中心的な行動が多くなる。一方、愛からの選択をすると変化が前提となるため、リスクはあるように見えるけど、関係性の変化や希望、違う未来が待っているんだ。


A:なるほどね。こうしよう、という方向に面舵が動くわけね。

B:もちろん、最初は内面の変化だから表面的にはわからないかも知れないけれど、最初の意図により進む方向が異なるということだね。

☆次回に続きます

本 ミニワーク ペン
日常または非日常で何かを選択する際に、葛藤することはありますか?
その判断の基準とは?
posted by アリス&バロン at 14:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 感情/意識

2011年01月21日

無価値感について その3

暖かい日差しの恋しい冬の風が吹いています。如何お過ごしですか?
さて、「無価値感」について、ブログ読者の方からご質問をいただきました。


Q:無価値感をなぜ感じるのかはわかるのですが、実際、無価値感に対してどのように対応したらいいのですか?

いい質問ですね!(池上 彰氏風に)
私たちが、無価値感という沼にハマり七転八倒?した経験からシェアさせていただくと・・


1.無価値感からくる悲しみや恐れなどの感情に抵抗せず、ただ感じ尽くす。
感じ尽くすことで、その感情から解放されて、けっこうスッキリするものです。

心の働きとして、抵抗すればするほどそこにハマってしまい、抜け出せなくなるものです。
無価値感を感じたら、「あぁ、自分は無価値感を感じて悲しいのだな」と、まず、自分の人間らしさを認めてあげましょう。感じ尽くすと、無価値感を感じることは、ごく当り前のことと受けとめられるかも知れません。

2.他人との競争という部分では、他人の成功を認め、喜ぶことが大切だと思います。
他人の成功を妬んだり嫉妬すると、その思いは潜在意識に入り込み、自分自身をも蝕んでいきます。他人の成功を喜ぶことは、自分の成功へとつながっていくものです。結局、与えたものを受け取るということです。

言葉は、その言葉を思う人、発する人に最も強く影響を与えます。
例えば、誰かに嫉妬するその想いは、自分の潜在意識へ「自分も嫉妬される」のでは、という想いを刷り込んでしまうのです。
もちろん逆も真なり。他人の素晴らしさを認めると、自分の素晴らしさも受け取れるようになります。
潜在意識は、自分と他人の区別がないため、他人への想いや行動を自分自身にも適用するようです。まさに与えたものを受け取るようです。

3.自分自身の理想と現実とのギャップで感じる無価値感は、理想を持つ人間である限り、おそらく無くならないでしょう。
例えば、高い山へ登るのに頂上に着くまでの間、文句を言ったり、まだ、あんなに残っていると欠乏感を感じるより、これまで登ってきた道のりを振り返り自分を褒めたり、途中の景色を楽しむというように、途中経過・プロセスを楽しむという感性が大事だと思います。

理想や希望を持つのは素晴らしいことだと思います。理想や希望があるから、私たちは未来を夢見てクリエイティブに生きることができるのではないでしょうか。それらと現実のギャップに心がつぶされ絶望しては意味がありません。

無価値感を感じるのは、自分の現在地を客観視する視点を持っていたり、自分の目指すものがあるからこそ感じてしまう、言わば成長期の痛みだと思います。
自分を追い詰めずに、ここまで迷いながらも試行錯誤して決めたこと、実際に実行したことなど、現実的なプロセスも認め、楽しみながら進んでいきましょう。



ま、自分もできていないな〜と感じながら書いていますが・・・
これも、プ・ロ・セ・ス わーい(嬉しい顔)

無価値感は、劣等感や嫉妬、競争意識と深く結びついているので、こうすればOKという答えはないのかも知れませんが、自分の目指すところや大好きなことをひたむきに楽しみ追いかけていれば、自然に抜け出せることもあると思います。

無価値感を感じてもいい。

そして、充分落ち込んだあと、一歩前へ歩いて行けばいいのだと思います。
posted by アリス&バロン at 22:58| Comment(4) | TrackBack(0) | 感情/意識

2011年01月20日

無価値感について その2

今日は、暦のうちでもっとも寒いといわれる「大寒」。味噌や日本酒を作る麹菌にとっては、活動始めに適した時期なのだそうです。こんな寒い季節から動き始めるなんて、生命とは不思議なものですね。

さて、では前回の引き続き「無価値感」について・・。

A(アリス):変化する価値は幻想かもしれない、大切なのは自分自身で自分の価値を見いだすことじゃないか、と話したけれど、それって具体的にはどういうことだと思う?


B(バロン):価値は変化するものであり、幻想かもしれない。そうだとしたら、変化する価値を生きる基準にすることは意味のないことだと思うし、その価値判断と自分自身を同一視する必要はないんじゃないかな。
ありのままの自分の素晴らしさを認めることが大切なのではないかと思う。


A: そうね・・。周りの判断基準と自分自身をリンクさせると大変だよね。他人の判断によって自分の価値が変動してしまう。でも、ありのままの自分の素晴らしさを認めるって難しいのでは・・・?

B:「自慢してはいけない」「謙虚でいなさい」「今の自分に満足してはいけない」と、子ども時代に大人から言われて育っている人は多いと思う。だから、自分の素晴らしさを認めようとすると、何か傲慢に思えたり悪いことのように感じる人も多いのではないかな。

だけど、それって本当に悪いことなんだろうか?自分の素晴らしい面を認めれば、人は自然に自信を持つし自己信頼も育つ。一方、素晴らしい面を見ないで、足りない部分ばかり見ていたら、劣等感を抱えたり人を助ける余裕も持てなくて、いい人間関係も作れなくなるんじゃないかと思うんだよね。


A:ありのままの自分を認められない分だけ、無価値観を抱えたり、人に対して卑屈になったり傲慢になったり、苦しい生き方を選んでしまうのね。わかるなぁ・・。

B:まぁ、自分が無価値観を持っていると認めるだけでも、ずいぶん自由になれると思うよ。
それに、もしかしたら、無価値感の元は過去の誰かの声かも知れないし・・。

「おまえにはできない」「君は無能だ」「下手だ」「才能がない」
こんな声が頭の中で聞こえてきたら、声の正体は、記憶にある過去の誰かの声を再現しているのでは、と疑ってみるといいと思う。あなたの才能に対して嫉妬心や競争意識を持った人が意地悪で云ったのかも知れないしね。

そして、この誰かの声は、過去の時点でのたった一つの意見に過ぎないと、客観的に見ることも大事だと思う。今、冷静に振り返ってみれば殆ど真実ではないんじゃないかな。


A:過去の幻影に、騙されてはいけないってことね!
過去の声を、ただ一つの真実のように繰り返し心の中で反復させたことで、すっかり信じ込んでしまっただけかも知れない、と。


B:まんまと罠にハマったというべきかな。少し難しい説明になるけど、自我の働きとして、自我は身を守るために変化を怖がるので、そうやってあなたが成長し自由にならないように変化を抑制しようとするんだよ。

A:成長しようとして、どうして、逆に変化しない努力を自らしてしまうのかしら??

B:それは、自我は危険から身を守る性質を持っているから。自我にとっては、過去の慣れたパターンの方が心地いいんだ。例え、顕在意識では変えたいと思っていても、未知の変化を伴う危険なものとしてキャッチされるんだ。

A:なるほど、だから新しい習慣は身に付きにくいのね!未知なものを受け入れると、過去のパターンが崩れるから。私が日記を続けられないのも無理ないんだ。

B:少なくとも、自分が自分の素晴らしさを認めなければ、その才能や本質が世界に表現されることはないよね。

だからこそ、自分自身が自分を認める最初の人になるってとても大切なことだと思う。今がどんな状態であれ、自分のなかにある才能の芽を見捨てないで育てていけば、数年後、数十年後、きっと何らかの形で才能が花開くと思うな。


A:その為にも、自我の声に惑わされないで、自分に対して卑屈にならず傲慢にもならず、ありのままの自分を認めるのが、最初の一歩と言うことね。

本 ミニワーク ペン
あなたが、自分で素晴らしいと感じるのはどんなところですか?
 やさしさ、楽しさ、思いやりの深さ、行動力、明るさ、誠実さ、明晰さ・・・
 
 自分の素晴らしさをたくさん見つけましょう。
 普段、自分に厳しい人は驚くほどたくさん見つかるかも知れません。
 見つけたら、ぜひ認めて受け入れていきましょう。
posted by アリス&バロン at 18:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 感情/意識

2011年01月18日

無価値感について その1

1月も中旬を過ぎ、スーパーでは早くも節分の豆が並び始めました。
この時期になると、子どもの頃に年初めから始めたはずの日記や運動が面倒くさくなり、何度も挫折したほろ苦い記憶を想い出します。そして、できない自分に言い訳をしたり、責めてしまったり・・。

そこで今回は、好きなことやライフワークをやろうとする時に、心の奥から浮上しやすい「無価値感」にまつわる感情や観念について、話してみたいと思います。

A(アリス)どんな時に無価値感を感じる?


B(バロン):どんな時・・、そうだね、自分の関心があるもの、欲しいと思っているものを自分以上にもっている人に会った時とか。
それは、モノに限らず、スキル、状態、才能・・・。


A(アリス):私は、自分がやりたいと思っていることを既にやっていて実績のある人かな。実力があって周囲からも認められている人を見ると、自分のやろうとしていることは無駄なんじゃないかと思えることがあるな。

B:その人と自分を比較して、自分が不足していると思っている部分にフォーカスして落ち込んだり、自分には存在意義がないんじゃないかと暗くなったり・・・。
簡単に言うと、競争して、自分にダメ出ししているってことだよね。


A:だけど、それってキリがないよね?

B:そうだよね。人との競争だけでなく、理想の自分と現実の自分とのギャップに無価値感を感じる場合もあるし・・・。
先日も、友人達とスカイプでミーティングをしていた時、自分の提供するものに「価値がある/価値が無い」という話題から、そもそも価値とは何か、という話になったのだけど。

価値って、時代背景により、個人でも状況によって異なるでしょう?例えば、贅沢な生活は素晴らしいという人もいれば質素な生活こそ素晴らしいという人もいる。時代も1970年代と今では、ずいぶんモノや心に対する価値観が違うよね。


A:確かに・・。私たちが幼い頃はモノをたくさん持っていることが幸せの価値のようにコマーシャルされていたけれど、今は環境問題やシェアリング、分かち合って使う価値観がずいぶん浸透してきて、モノを持たない、所有しないスマートさが新しい価値観としてトレンドになりつつあるよね。

B:と言うことは、少なくとも外側で見出される価値とは、“絶対的なもの”ではなく、“相対的なもの”で常に変化するものだと言えるよね。
変化する価値は、生きるうえで大切な判断基準になりうるのか?


A:世代間のギャップのようなものも、価値観の相違だったりするよね。確かに、時代背景や個々人の主観によって変わる価値観に合わせていたら、右往左往してしまうね。

B:もしかしたら「価値」とは幻想なのかも知れない。そう疑ってみるのも大事だと思う。
価値とは、個人のモノサシでの判断であり、その人の意見表明に過ぎないのかもしれない。

例えば、収入が多い/少ないということでの価値判断がある場合、本当はただの量の相違に過ぎない。
多いと良くて/少ないとダメだという時は、そこに個人的な判断が加わっているんだよね。

大切なのは、自分自身で自分の価値を見いだすことかもしれないね。


A:何だか深い話になってきたね。では、続きは次回に。


本 ミニワーク ペン
あなたは、人に会った時に相手と自分の何を比較しているでしょうか?
 体形、美しさ、地位肩書き、収入、持ち物、・・・・
            
あなたのシェア・コメントを楽しみに待っています。
posted by アリス&バロン at 18:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 感情/意識

2010年04月26日

受け取ること

アリスです。

昨日は、お金のIQ・EQを高めるスタディグループの3回目を開催しました。
テーマは「お金を気持ちよく受け取る」 ぴかぴか(新しい)

最初は、お金や豊かさを受け取る「器」をチェックしました。
人には、それぞれにお金や豊かさを受け取る「器」があって、器以上のものを受け取ると人生のバランスが崩れると云います。
例えば、宝くじや相続などで「にわか億万長者」になったとたん、急に生活がハデになったり、人が信じられなくなって引っ越してしまったり・・。
高額のお金を受け取って幸せになる人と、不幸になる人。
夢のような大金を手にして不幸になるなんて、大金を手にしたことのない身としては不思議ですが(笑)、意外に珍しいことではないようです。

そして、自分の器をチェックした後は、お金や豊かさを受け取ることへの感情的な抵抗を見ていきました。

もし、あなたに高額のお金やチャンス、ビジネスを応援をしてくれる人が現れたら、あなたならどうしますか?

それらを受け取った時と受け取らない時、私だったらどちらが本当に嬉しいかな、心地いいかな・・と空想しました。

受け取った時のイメージでは、喜びや感謝、そして遠慮や罪悪感を感じました。そして、なんだか申し訳ないなぁという気持ち。あとは、受け取ったら何か要求されるのでないか、という恐れや、自分の能力以上の結果を期待されたらどうしよう、という不安も頭をもたげました。受け取るという、たった一つの反応なのに、自分のなかでいろいろな感情が揺れ動くのを感じました。
さらに、おもしろいことに、受け取らなくても、受け取れなくて申し訳ないと感じる私がいました。
どちらを選んでも、申し訳なさを感じるのです。いったい、どういうことなんでしょう??

自分では、普段の生活から、さほど「受け取る」ことに抵抗はなく、むしろ喜んで受け取る方だと感じていましたが、やはり自分の想像以上のものがやってくると、遠慮や罪悪感、私にはそこまでの価値はない・・という自分に対する無価値観を感じるのだなぁと、発見することができました。

意識では「欲しい」と要求しているのに、無意識では「私にはふさわしくないので要りません」と、拒否していたのです。 あせあせ(飛び散る汗)

がぁ〜・・ん 雷

気づけてよかった・・。

人の無意識は、意識をはるかに凌駕すると云います。だから、今の状態なんだ、と妙に納得してスッキリしました。


スタディグループ、おススメです。

次回は、5月15日。
テーマは「幸せな小金持ちが実践する豊かな人間関係の築き方」です。
興味のある方は、ぜひご参加くださいね。一緒に悩んだり自分の思い込みを発見しましょう。
posted by アリス&バロン at 00:06| Comment(3) | TrackBack(0) | 感情/意識

2010年03月08日

自分を労わる

アリスです。

最近、EQパーソナルセッションをさせていただく機会に恵まれています。
私たちは、EQの側面から自分を知り心を自由にする過程が大好きなので、EQに興味をもっていただくことは本当に嬉しいです。

詳しくはHPに載せていますが、このセッションは自分の持っている表面的な感情を観察して、本心は何に対してわだかまりや奇妙さ、怒りや悲しみを抱えているのか探っていくものです。

私自身の体験から言うと、普段の生活である出来事がおきて、怒りや不満を感じた時というのは、表面的な事にとらわれがちです。後から冷静になって考えてみると、なぜ、あんなにイライラしたのか、怒りが連鎖したのか、本当の理由は見えにくいものです。
それを、紐といていくのがEQセッションです。

当り前ですが、ものごとに対する感情的な反応は人により違います。

怒る人もいれば、感情的に無反応の人もいます。
それぞれに独特のパターンがあるのです。そして、そのパターンは自分の無垢な部分が傷つかないように、その人自身を守っていることが殆んどです。

人に好かれたい、きらわれたくない・・という気持ちもあれば、人に近寄ってほしくない、孤独でいたい・・という気持ちを持っていることもあります。

そして、表面的に周囲に表現している自分と、心の内側で感じ望んでいる自分にギャップが生じて苦しくなるのです。

一般的に社会をみると、ビジネスや家庭にネガティブな感情を持ちこむことは好まれません。自らタブー視している人も多いでしょう。

けれど、そうやって抑圧された感情は、どこかでかならず発散してあげないと、その人のなかで、その人自身をむしばんだり、身近な人に知らないうちに与えてしまうようです。

書きながら、自分はどうかなぁと省みています。 たらーっ(汗)

最近、自分のなかに感情的なわだかまりや苦々しさを抱えているな、と感じたことはありますか?

そんな時は、心のゆるせる友人や家族、カウンセラーに自分の苦しみや怒りを探れるよう手伝ってもらって下さい。

心が傷つく前に、自分を労わることを忘れないようにしましょう。
posted by アリス&バロン at 13:13| Comment(2) | TrackBack(0) | 感情/意識

2009年06月02日

感情の安定

バロンです。
GMが破綻し、さらに不安を感じている方も多いのではないでしょうか。
インフルエンザに関しても同様ですが、
マスコミの報道がエスカレートすればするだけ、
不安や怖れを感じることでしょう。
人によっては、ニュースを見ないことにしている人もいるでしょう。

不安や怖れに対する反応は、大きく分けると2つのパターンに
別れるのではないでしょうか。
不安や怖れから心配になり、行動や消費を抑えるタイプ、
そして、なんとか行動により打開しようとするタイプ。

どちらも、最初の意図が怖れから始まっているため、
結果としては怖れの感情は引き続きあり続けるのではないでしょうか。

それとは反対に、
どんなときも心の平安の中にいて、
自分は大丈夫だというところにいる人は、
平安から思考し、行動をとることができるため、
愛ある行動を選択することでしょう。

最初の意図が、愛なのか怖れなのかで
結果はおのずと決まるのではないでしょうか。
私たちも、どんなときも愛を選択し続けたいものですね。

7月12日に本田健DVDセミナーin太宰府を開催します。
テーマは、「どんな時代でも、幸せに豊かに生きる」です。
人との出会いが、人生を大きく変えることがあります。私もその一人です。
これからの時代、応援しあえる仲間がいることは、
とても大切なことだと思います。ぜひご参加、ご活用ください。

詳細はアイウエオフィスHPをご覧下さい。
みなさんとの出会いを楽しみにしています。
posted by アリス&バロン at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 感情/意識