2011年01月31日

愛と怖れ その2

さて、引き続き「愛と怖れ」についてです。

A:自我は怖れにもとづいている、ということだけど、それは、自分を守るために必要だからよね?


B:自我にとっては、過去から現在まで自己保全が最大の目的なんだ。自我は、怖れでいっぱいなんだと思う。

A:では、大いなる自己の目的はなに?

B:難しい質問だね。私が思うのは、自分や他人、そして存在する全てのものを愛すること。そして、つながっていくことじゃないかな・・・。ちょっとスピリチュアルな話だけど。

A:かなりスピリチュアルね。それで、怖れではなく愛を選択するにはどうすればいいのだと思う?

B:そこなんだよ!人は、自我、つまり怖れが強すぎると意識の面では愛を望んでも、無意識で怖れを選んでしまう。無意識のエネルギーは膨大でパワフルだからね。

ジャンポールスキー博士の本のタイトルにもなっているように、『愛とは怖れを手放すこと』だと感じているよ。
ただ、自分の怖れを手放せば愛が現れるという感じがしている。


A:自分の舵取りを決めるのに、舵取りそのものを手放す感じかしら?確か、世界銀行の元人事カウンセラーも『自分の内側に自分で愛をそそぎ満たせば、自然に愛は溢れ出る』と、言ってたなぁ。

B:Mr.childrenの「名もなき詩」の一節に「愛はきっと奪うでも与えるでもなく、気がつけばそこにあるもの・・・」とあるように、愛とはずっとそこにあるもので、ただ怖れを手放せば受け取れるもの、受け取ればいいものなのではないかな。

愛は、自分の外側にあって誰かから与えてもらうもの、どこか豊かなよそにあって探さなければ見つからないものだと思い込んでいた頃があったよ。だから、頑張って愛を探していた。だけど、自分が拒絶していただけなのだということに気がついたかな。ジャンポールスキー博士が言っているように、愛は実在で、怖れは幻想だと。


A:となりの芝生が碧く輝いて見えて羨ましかったけれど、自分の芝生も、よく見たら碧く美しかったような。

B:おもしろい表現だね。
自分の愛や豊かさに気付かなくて、一生懸命に遠くまで狩猟に出ていたという感じかな。忘れてしまっていたんだね。苦労して頑張って、ぼろぼろになっていたって感じ。

幸せや安らぎは自分の中にあったんだ!
青い鳥は、ずっと自分の中にいたんだよ。


A:メーテルリンクの「青い鳥」ね。


「愛と怖れ」について、次回へ続きます。
みなさんは、メーテルリンクの青い鳥の物語を憶えていますか?
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2011年01月28日

愛と怖れ その1

暖かい日の光がさすものの、天気予報は雪マーク。今冬最後の寒気が訪れるそうです。
さて、今回のお題は「愛と怖れ」について。

最初に、みなさんに質問です。「あなたにとって愛とは?」

愛とは根源的なものでなかなか上手く表現できないもののように感じます。
「無価値感」の内容から、自我の働きをもう少し詳しく聞きたいという声をいただきました。
そこで、今回は、愛について自我の働きを通して「愛と怖れ」という対比で、2人で話してみました。

A(アリス):漢字は興味深いね。「怖れ」は心(りっしんべん)に布と書くのね。心に布がかぶった状態、隠された、見えないという意味かな。


B(バロン):漢字の成り立ちを調べてみるとおもしろそうだね。
ところで、前回までに話したのは、自我の役割は身の安全を守ること、現状維持を好み変化を怖れるので、新しいことや未知の世界にチャレンジする時には、自我の抵抗から怖れを感じるのが普通、というところまでだったよね。


A:たとえ、すでに役立たない考え方や習慣であっても、自我にとっては未知の不確かなものよりは安心ということね。

B:最近、あるクライエントとのセッションで、その人から「目が覚めると怖れを感じる」と聞いたのだけど、私も過去にそんな時期があったんだ。
怖れに囚われていたので、目が覚めたその瞬間から再び怖れを感じ始めたのだと思う。


A:自我とは、怖れに囚われた自己と考えたらいいのかしら?

B:おそらく、自我を本当の自分と思い込んでいるために怖れに囚われるのではないかな。

A:自我は本当の自分ではないということ?

B:そうだね。本当の自分はもっと大きな自己であり、自我はその一部という感じかな。

インドのマハルシなど覚者が、「私とは誰か?」「この質問はどこから来るのか?」という問いを自分の内面で静かに観察する時に、全てを観察している大きな自己がいると言っている。

私も、本当の自分は愛で満たされたもっと大きな存在であり、自我は、不安や心配、罪悪感・・・などの怖れをもった部分的な自分ではないかと思う。人って愛と怖れを同時に感じることはないよね。


A:う〜ん・・同時に感じているような気がする時もあるけれど。一瞬ごとに入れ替わっているのかな?だから悩んでいると疲れるのかしら。

B:同時に感じているようでも、「愛と怖れ」は相反するもの、同時には存在できないと思うよ。最大の音量と最小の音量のようにね。

私たちは、意識的であれ無意識的であれ、必ずどちらかを選択している。

自我からの選択は怖れが前提だから、不満だけれど現状維持、もしくは生き残るために自己中心的な行動が多くなる。一方、愛からの選択をすると変化が前提となるため、リスクはあるように見えるけど、関係性の変化や希望、違う未来が待っているんだ。


A:なるほどね。こうしよう、という方向に面舵が動くわけね。

B:もちろん、最初は内面の変化だから表面的にはわからないかも知れないけれど、最初の意図により進む方向が異なるということだね。

☆次回に続きます

本 ミニワーク ペン
日常または非日常で何かを選択する際に、葛藤することはありますか?
その判断の基準とは?
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2011年01月21日

無価値感について その3

暖かい日差しの恋しい冬の風が吹いています。如何お過ごしですか?
さて、「無価値感」について、ブログ読者の方からご質問をいただきました。


Q:無価値感をなぜ感じるのかはわかるのですが、実際、無価値感に対してどのように対応したらいいのですか?

いい質問ですね!(池上 彰氏風に)
私たちが、無価値感という沼にハマり七転八倒?した経験からシェアさせていただくと・・


1.無価値感からくる悲しみや恐れなどの感情に抵抗せず、ただ感じ尽くす。
感じ尽くすことで、その感情から解放されて、けっこうスッキリするものです。

心の働きとして、抵抗すればするほどそこにハマってしまい、抜け出せなくなるものです。
無価値感を感じたら、「あぁ、自分は無価値感を感じて悲しいのだな」と、まず、自分の人間らしさを認めてあげましょう。感じ尽くすと、無価値感を感じることは、ごく当り前のことと受けとめられるかも知れません。

2.他人との競争という部分では、他人の成功を認め、喜ぶことが大切だと思います。
他人の成功を妬んだり嫉妬すると、その思いは潜在意識に入り込み、自分自身をも蝕んでいきます。他人の成功を喜ぶことは、自分の成功へとつながっていくものです。結局、与えたものを受け取るということです。

言葉は、その言葉を思う人、発する人に最も強く影響を与えます。
例えば、誰かに嫉妬するその想いは、自分の潜在意識へ「自分も嫉妬される」のでは、という想いを刷り込んでしまうのです。
もちろん逆も真なり。他人の素晴らしさを認めると、自分の素晴らしさも受け取れるようになります。
潜在意識は、自分と他人の区別がないため、他人への想いや行動を自分自身にも適用するようです。まさに与えたものを受け取るようです。

3.自分自身の理想と現実とのギャップで感じる無価値感は、理想を持つ人間である限り、おそらく無くならないでしょう。
例えば、高い山へ登るのに頂上に着くまでの間、文句を言ったり、まだ、あんなに残っていると欠乏感を感じるより、これまで登ってきた道のりを振り返り自分を褒めたり、途中の景色を楽しむというように、途中経過・プロセスを楽しむという感性が大事だと思います。

理想や希望を持つのは素晴らしいことだと思います。理想や希望があるから、私たちは未来を夢見てクリエイティブに生きることができるのではないでしょうか。それらと現実のギャップに心がつぶされ絶望しては意味がありません。

無価値感を感じるのは、自分の現在地を客観視する視点を持っていたり、自分の目指すものがあるからこそ感じてしまう、言わば成長期の痛みだと思います。
自分を追い詰めずに、ここまで迷いながらも試行錯誤して決めたこと、実際に実行したことなど、現実的なプロセスも認め、楽しみながら進んでいきましょう。



ま、自分もできていないな〜と感じながら書いていますが・・・
これも、プ・ロ・セ・ス わーい(嬉しい顔)

無価値感は、劣等感や嫉妬、競争意識と深く結びついているので、こうすればOKという答えはないのかも知れませんが、自分の目指すところや大好きなことをひたむきに楽しみ追いかけていれば、自然に抜け出せることもあると思います。

無価値感を感じてもいい。

そして、充分落ち込んだあと、一歩前へ歩いて行けばいいのだと思います。
posted by アリス&バロン at 22:58| Comment(4) | TrackBack(0) | 感情/意識

2011年01月20日

無価値感について その2

今日は、暦のうちでもっとも寒いといわれる「大寒」。味噌や日本酒を作る麹菌にとっては、活動始めに適した時期なのだそうです。こんな寒い季節から動き始めるなんて、生命とは不思議なものですね。

さて、では前回の引き続き「無価値感」について・・。

A(アリス):変化する価値は幻想かもしれない、大切なのは自分自身で自分の価値を見いだすことじゃないか、と話したけれど、それって具体的にはどういうことだと思う?


B(バロン):価値は変化するものであり、幻想かもしれない。そうだとしたら、変化する価値を生きる基準にすることは意味のないことだと思うし、その価値判断と自分自身を同一視する必要はないんじゃないかな。
ありのままの自分の素晴らしさを認めることが大切なのではないかと思う。


A: そうね・・。周りの判断基準と自分自身をリンクさせると大変だよね。他人の判断によって自分の価値が変動してしまう。でも、ありのままの自分の素晴らしさを認めるって難しいのでは・・・?

B:「自慢してはいけない」「謙虚でいなさい」「今の自分に満足してはいけない」と、子ども時代に大人から言われて育っている人は多いと思う。だから、自分の素晴らしさを認めようとすると、何か傲慢に思えたり悪いことのように感じる人も多いのではないかな。

だけど、それって本当に悪いことなんだろうか?自分の素晴らしい面を認めれば、人は自然に自信を持つし自己信頼も育つ。一方、素晴らしい面を見ないで、足りない部分ばかり見ていたら、劣等感を抱えたり人を助ける余裕も持てなくて、いい人間関係も作れなくなるんじゃないかと思うんだよね。


A:ありのままの自分を認められない分だけ、無価値観を抱えたり、人に対して卑屈になったり傲慢になったり、苦しい生き方を選んでしまうのね。わかるなぁ・・。

B:まぁ、自分が無価値観を持っていると認めるだけでも、ずいぶん自由になれると思うよ。
それに、もしかしたら、無価値感の元は過去の誰かの声かも知れないし・・。

「おまえにはできない」「君は無能だ」「下手だ」「才能がない」
こんな声が頭の中で聞こえてきたら、声の正体は、記憶にある過去の誰かの声を再現しているのでは、と疑ってみるといいと思う。あなたの才能に対して嫉妬心や競争意識を持った人が意地悪で云ったのかも知れないしね。

そして、この誰かの声は、過去の時点でのたった一つの意見に過ぎないと、客観的に見ることも大事だと思う。今、冷静に振り返ってみれば殆ど真実ではないんじゃないかな。


A:過去の幻影に、騙されてはいけないってことね!
過去の声を、ただ一つの真実のように繰り返し心の中で反復させたことで、すっかり信じ込んでしまっただけかも知れない、と。


B:まんまと罠にハマったというべきかな。少し難しい説明になるけど、自我の働きとして、自我は身を守るために変化を怖がるので、そうやってあなたが成長し自由にならないように変化を抑制しようとするんだよ。

A:成長しようとして、どうして、逆に変化しない努力を自らしてしまうのかしら??

B:それは、自我は危険から身を守る性質を持っているから。自我にとっては、過去の慣れたパターンの方が心地いいんだ。例え、顕在意識では変えたいと思っていても、未知の変化を伴う危険なものとしてキャッチされるんだ。

A:なるほど、だから新しい習慣は身に付きにくいのね!未知なものを受け入れると、過去のパターンが崩れるから。私が日記を続けられないのも無理ないんだ。

B:少なくとも、自分が自分の素晴らしさを認めなければ、その才能や本質が世界に表現されることはないよね。

だからこそ、自分自身が自分を認める最初の人になるってとても大切なことだと思う。今がどんな状態であれ、自分のなかにある才能の芽を見捨てないで育てていけば、数年後、数十年後、きっと何らかの形で才能が花開くと思うな。


A:その為にも、自我の声に惑わされないで、自分に対して卑屈にならず傲慢にもならず、ありのままの自分を認めるのが、最初の一歩と言うことね。

本 ミニワーク ペン
あなたが、自分で素晴らしいと感じるのはどんなところですか?
 やさしさ、楽しさ、思いやりの深さ、行動力、明るさ、誠実さ、明晰さ・・・
 
 自分の素晴らしさをたくさん見つけましょう。
 普段、自分に厳しい人は驚くほどたくさん見つかるかも知れません。
 見つけたら、ぜひ認めて受け入れていきましょう。
posted by アリス&バロン at 18:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 感情/意識

2011年01月18日

無価値感について その1

1月も中旬を過ぎ、スーパーでは早くも節分の豆が並び始めました。
この時期になると、子どもの頃に年初めから始めたはずの日記や運動が面倒くさくなり、何度も挫折したほろ苦い記憶を想い出します。そして、できない自分に言い訳をしたり、責めてしまったり・・。

そこで今回は、好きなことやライフワークをやろうとする時に、心の奥から浮上しやすい「無価値感」にまつわる感情や観念について、話してみたいと思います。

A(アリス)どんな時に無価値感を感じる?


B(バロン):どんな時・・、そうだね、自分の関心があるもの、欲しいと思っているものを自分以上にもっている人に会った時とか。
それは、モノに限らず、スキル、状態、才能・・・。


A(アリス):私は、自分がやりたいと思っていることを既にやっていて実績のある人かな。実力があって周囲からも認められている人を見ると、自分のやろうとしていることは無駄なんじゃないかと思えることがあるな。

B:その人と自分を比較して、自分が不足していると思っている部分にフォーカスして落ち込んだり、自分には存在意義がないんじゃないかと暗くなったり・・・。
簡単に言うと、競争して、自分にダメ出ししているってことだよね。


A:だけど、それってキリがないよね?

B:そうだよね。人との競争だけでなく、理想の自分と現実の自分とのギャップに無価値感を感じる場合もあるし・・・。
先日も、友人達とスカイプでミーティングをしていた時、自分の提供するものに「価値がある/価値が無い」という話題から、そもそも価値とは何か、という話になったのだけど。

価値って、時代背景により、個人でも状況によって異なるでしょう?例えば、贅沢な生活は素晴らしいという人もいれば質素な生活こそ素晴らしいという人もいる。時代も1970年代と今では、ずいぶんモノや心に対する価値観が違うよね。


A:確かに・・。私たちが幼い頃はモノをたくさん持っていることが幸せの価値のようにコマーシャルされていたけれど、今は環境問題やシェアリング、分かち合って使う価値観がずいぶん浸透してきて、モノを持たない、所有しないスマートさが新しい価値観としてトレンドになりつつあるよね。

B:と言うことは、少なくとも外側で見出される価値とは、“絶対的なもの”ではなく、“相対的なもの”で常に変化するものだと言えるよね。
変化する価値は、生きるうえで大切な判断基準になりうるのか?


A:世代間のギャップのようなものも、価値観の相違だったりするよね。確かに、時代背景や個々人の主観によって変わる価値観に合わせていたら、右往左往してしまうね。

B:もしかしたら「価値」とは幻想なのかも知れない。そう疑ってみるのも大事だと思う。
価値とは、個人のモノサシでの判断であり、その人の意見表明に過ぎないのかもしれない。

例えば、収入が多い/少ないということでの価値判断がある場合、本当はただの量の相違に過ぎない。
多いと良くて/少ないとダメだという時は、そこに個人的な判断が加わっているんだよね。

大切なのは、自分自身で自分の価値を見いだすことかもしれないね。


A:何だか深い話になってきたね。では、続きは次回に。


本 ミニワーク ペン
あなたは、人に会った時に相手と自分の何を比較しているでしょうか?
 体形、美しさ、地位肩書き、収入、持ち物、・・・・
            
あなたのシェア・コメントを楽しみに待っています。
posted by アリス&バロン at 18:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 感情/意識

2011年01月11日

今年のテーマは・・

明けましておめでとうございます。
大晦日からお正月にかけて、全国的に気温が下がり雪や雨に覆われた地域が多かったですが、みなさんは、どのように過ごされましたか?私たちの暮らす福岡も、雪やみぞれ雨の日が続きました。冬が訪れる度に「去年は、こんなに寒かったかなあ」と思います。


B(バロン):さて、今年のブログでは、アリス&バロンの対話形式のものも載せていこうと思っています。今日は、その記念すべき?第1弾ぴかぴか(新しい)
ちなみに、本日1月11日は寅の日・金運招来日だそうです。
そんなわけで、11時11分にアリスと記念の握手でお祝いわーい(嬉しい顔)
ついでに言うと、明日12日は一粒万倍日と言って、一粒の種が何万倍にも実る何かを始めるにはうってつけの吉日だとか。


A(アリス):今日のブログタイトル<今年のテーマ>ですが、私たちは毎年末に次年度のテーマとなる言葉を決めています。
そして、今年のテーマがこちら!

2011tame.JPG

A 2年ほど前から「風龍」という福岡出身の書道家の先生に書を書いていただく機会があり、今年も書いていただきました。
風龍先生は元小学校の先生で、子どもたちに芸術を通じて共同創造する楽しさを伝えた方です。当時、分裂した学級の仲間に共同で一つの作品を作ってもらい、そのおもしろさや喜びが学年にも及び広がったという経験を持つ、とてもハートのあたたかい方です。


B 実は「今年はこれだなぁ・・」と思っていたら、アリスからも同じ言葉を聞いてビックリ!シンクロひらめき
この言葉の意味は、過去も未来もなく実在するのは“今”のみ。今、この瞬間を100%生きようと意図して決めたんだ。


A 私は、昨年に書いていただいた「夢を生きよう」をぼぉ・・っと眺めていて、「夢って未来形だなぁ。未来は今の連続だから、今を大切に生きることが大事なんじゃないか」と思って。未来への希望や夢を持つのも大事だけれど、その為に今がおざなりになったら本本末転倒だな、と。

B 心ここにあらずって事があるよね。今ここにいても、過去のことを考えて後悔したり、未来のことを思い悩んで、今この瞬間を楽しめていない自分をもったいないなぁ、と感じることがあるので、今年は、今この瞬間を生きよう、と思っているんだ。全ては今のこの瞬間にあるなって感じることがよくあるから・・・。

A 心ここにあらずで、今の瞬間にある喜びや豊かさ、楽しさを受け取っていないのはもったいないと感じるのは、私も同意見。
ところで、全ては今のこの瞬間にあるってどういう意味?


B 感覚的なことでもあるのだけど、言葉にするなら、未来は本来コントロールできないものだし、過去も変えることはできないよね。だから、ぼくたちが選択することができるのは今という瞬間だけなんだ、ということだよ。

A ふぅむ、わかるようなわからないような・・。

B まぁ、今年はこんな感じですすめていきましょう。
みなさんも、よかったら今年のテーマを教えて下さいね。

posted by アリス&バロン at 14:57| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記